COSCOS−SINSIN(コロスコロスシネシネ)
どうやら先生がボソッと言った言葉の意味は加法定理の覚え方だったようだ。
…………ようだ………ろ?
うーん、表情変えずに聞こえるか聞こえないか瀬戸際の声でつぶやいたあの感じ……
何か別の意味もこめられていたような……
とにかく一つ言えることは………すごみがあったと言うことだ。
これから何を聞いてもあんな感じで返ってくるのだろうか…
錯綜する頭の中。
僕はもう問題に向かうしかなかった。


先生に勉強を見てもらう決められた時間を時計の針は過ぎようとしていた。
相変わらず隣で本を読んでいる先生。
いったい何の本を読んでるんだ?まったく表情を変えずにもくもくと読んでいる。
その本には笑うところとか、感動するところとか
そういった感情がつい出てしまうような場面が一つもないのだろうか……
何読んでるか聞いてみるか??
………迷う。
パタッ
先生は勢いよく読んでいた本を閉じる。
「さっ、終わったかしら?」
すこぶるような笑顔。
ほんのついさっきまでと今とでは180度クルッと回転した、かのような。
………怖い。普通に……
「はぃ、一応……」
「そっ、じゃあ見せて」
「はぃ」
解答を書いたノートを渡す。……恐る恐る。
先生は解答を一つ一つ入念にチェックしていく。
僕はそれを横でチラチラ覗き見る。
自分の解答結果が気になるのもあるが……何より先生の様子が気になる。
ばれないよう慎重に眼球だけを動かす。
そんなことをやっていると次第に目が赤くなってきた。
それでも動かす。
「何?」
!!
こちらを見ずにモクモクと作業をやりながら言葉を投げ捨てられる。
バレてた!!
「い、いえ」
僕は慌てて視線を自然な方向へ戻す。
すると本棚が目に映った。
しかし……何て注意力だ。
顔はまったく動かさなかったのに…
まさか第六感ってやつ?
もしそんな能力を持ち合わせているのなら………うらやましい。……いやいや、恐ろしい。
勘で全てがわかってしまうのだから。
「はい、終わったよ。イージーミスが一個だけ。
試験ではこういうのが一番もったいないから気をつけて」
一定のリズムで抑揚のない口調。
何ていうか……感情がまるでこもってない。
「はい」
僕は採点し終わった自分のノートを確認する。
………ほんとだ、計算が間違ってる。しかも単純な。
………
………確認し終えた。
ノートから手を放す。
………
勉強の時間が終わった。
もともとの気まずい雰囲気がこの部屋中に更にたちこめる。
先生は口も開かず、何か次の行動を起こそうともしない。
僕よりの手で頬杖をついているだけで。
ノートから手を放したときわざと少しだけ音をたてた。
だからもう確認が終わったということを先生も気づいているはず。
………僕からしゃべりだせ、ということなのだろうか。
よし……
「あの、先生……」
「浮気?」
!!
僕がしゃべりだすと、それをかき消して、満面の笑みで僕の方に振り向き問いかける。
「あ、え、えーと……」
「和也くんがしてることって二股って言うよね?」
先生はついていた頬杖をくずし、体をこちらに向ける。
「え、えー……」
僕の言ってることは言葉になってない。
「それで、さっきの女の子と私、最後はどっちを選ぶの?
それともどっちも選ばずこのまま二股を続けるの?」
顔を少し傾けあいかわらず満面の笑みで問い続ける。
その笑顔はとても綺麗で美しいんだけど………
その裏に殺気のようなものが秘められていると感じるのは気のせいか…
「い、いえ、どちらかを選びます。…ていうかこれには深い事情がありまして……」
「選ぶんだー、じゃあ、あの子と私、どっちを選ぶの?」
先生は僕の事情を聞こうとせず新たに問いかけながら、四つん這いになって顔を僕の顔に近づける。近い!
どのぐらい近いかというと、先生の瞳に僕の顔が映っているのを確認できるぐらい。
こんなに迫られたら………冷静ではいられないじゃないか!
「んーーー?」
更に…更に迫られる。
ああ、先生の色気が……
もはや頭の中は真っ白。ついさっき覚えたことも、ついさっきまで考えていたことも、
全て飛んでしまった。
「どっち?」
そして、真っ白の中に先生がポワーンと浮かんできた。
「………せんせ……」
ペタ
問いに答えようとしたとき、先生は指で僕の唇を押さえる。
ほへ?
「そんな簡単に決めていいの?」
やさしい笑顔で僕に言う。
それはさっきまでのとは違っていた。
「そういうことは、じっくり考えて答えを出さなきゃ」
先生は指を離し、四つん這いの体勢を崩し、体を引く。
「あ、あの……」
「それじゃあ、私、帰るね」
そう言って横に置いてあったバックを手に取り立ち上がる。
「それから、さっきの彼女にちゃんと自分の素直な気持ちを伝えるのよ。
それじゃあね」
バタンッ
先生はそういい残し部屋から出て行った。
………
………結局…僕は何も言えなかった……
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