「ちょっと、小坂!!あんた、早苗まで巻き込むってどういうことよ!!!」
あれから校長先生が出てくるほどの騒ぎになった。
僕たちは先生たちに事情を説明し、今、それが終わって帰路についているところだ。
春日たちは、まだ帰れないらしい。
竹刀を持った数人の体育教師による説教と罰が続いているみたいだ。
「あんた男でしょ!!男なら自分の問題くらい自分で解決しなさいよ!!!」
水越さんに激しく罵声を浴びせられてるもう一人の僕。
何も言わずに下を向きながらただただ歩いているだけだった。
「もういいよ……」
「早苗は黙ってって!!」
話しを折られる。
「黙ってないで何かいいなさいよ!!そんなんだからいじめられるのよ!
下ばかり向いてないで前を向きなさい前を!!!」
これだけ言われても下を向いたまま何も言い返さない。
今、水越さんが言っていることは僕にもあてはまるということ。
僕にもその言葉たちが胸に突き刺さる。とても痛い。
「小坂君……かっこわるい…」
!!
隣で黙って聞いていた清水さんが小さく呟く。
「っ……」
小さくても閑静としたこの空間、その囁きはここにいる誰の耳にも届いた。
わずかな静寂の後、もう一人の僕は何も言わずに走り出だした。
その透き通る声、やわらかな口調で放たれるその一言は……それはどんなに大きな声の罵声よりもはるかに心に響く。
向けられた矛先は、薄く、鋭く、僕たちの心を突き刺さした。
清水さんも水越さんも何もわかってない!
そんなこと言われなくても自分でとっくに気づいてる。
誰よりもそんなことわかってる。
気づいている、
わかっている、
けど……
「逃げるなんて!最低!!」
水越さんは小さくなっていく後姿を見ながらはき捨てるように言った。
「早苗もあんな奴、かまうことないよ」
「……もういい」
「え?」
「もういいって!!!!」
勝手なことばかり言う二人に我慢できなくなって……
僕は立ち止まり、こぶしを握り締めて叫んだ。
一瞬で空気が変わる。その一瞬はまるで時間が止まったかのように緩やかだった。
二人とも不意を突かれ驚きのまま、目を見開いて僕の方に振り返る。
冷たい風が吹き抜けた。
その音の大きさで僕が叫んだ声の大きさに気づく。
「早苗?」
どうしたの?と尋ねるように静かに名前を呼ばれる。
すると自分のしたことに対する羞恥がどっと押し寄せてきた。
顔が赤くなっていくのがわかる。
体温が上昇し寒いのに寒くないようなこの錯覚。
居た堪れなくなる。
僕は二人の間をすり抜け、二人から逃げるように走りだした。
「ちょ、さな…待って!」
呼び止められる声が聞こえても走りを止めない。
後ろも決して振り返らない。
ただ前へ。


しばらくその辺を一人ふらふら歩いた。
この澄んだ空気の中、月明かりを頼りに歩いているといつの間にか高ぶった気持ちが落ち着いていた。
もう日はとっくに落ちている。
公園を横切る。
サッカーボールが一つ転がっている。
僕は公園の中に入り、そのサッカーボールを手に取った。
手にとってしゃがんでしばらく眺めて見る。
すると子供たちがさっきまで声を上げて遊んでいた光景が浮かんできた。
ん?
ベンチに誰かがいる。
暗くて誰だかよく見えなかったので少しずつ近づいてみた。
その人は広々としたベンチのその上で小さく丸まって三角座りをしている。
……僕だ。
僕も静かにベンチに座った。
こういう場合、普通なら「何してるの?」とか聞くのだろうが……わざわざそんなことを聞く必要もない。
わかっているから。
もう一人の僕はチラッとこっちを見て僕に気づくがまたすぐに顔を隠して丸まった。
そんな姿を横で静かに眺めてみる。
「あれ?手、怪我してる」
手の甲に擦りむいた傷がある。
「…なんてことない、こんなの」
その手を取ろうとするとすぐに突っぱねて元の姿勢に戻す。
時間がたって傷が浮き出てきたのだろう、その手はとても痛そうだ。
たぶん体にはもっと殴られた痕とかがあるんだろうな…
僕も隣で三角座りをして考え込んだ。
…
……逃げるな……か……
昔からいろんな人によく言われたっけ…
…
……でも…
……
………そうだ、さっき僕は逃げてなんかいないじゃないか。
例え相手が三人でも、全然敵わなくても、僕は立ち向かっていったじゃないか。
殴られても蹴られても突きとばされても。
僕は、僕はちっとも逃げてなんかいない!
痛そうなもう一人の僕の傷痕を見ているとそんな気持ちが強く押し寄せてきた。
春日たちに殴られ、友達には裏切られ、好きな子からはひどいこと言われ……
顔を伏せ、小さく蹲っている僕を見ていると……僕は…
僕をどうにか励ましてあげたい……その小さくなった背中を抱きしめてあげたい……
僕はかっこ悪くなんてない……
僕は弱虫なんかじゃない……
……僕は、僕のことが……そんな僕のことが好きだ…
僕は僕を嫌いじゃなんかじゃない……
…
……
星がきらめく夜空に再び流れ星が瞬いた。
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